取材レポート

横須賀学院小学校

オリジナルのレッスンプランを作成して、全学年でBYODをスタート

2018年度よりiPadを活用した授業を実践している横須賀学院小学校では、今年度よりBYOD(Bring Your Own Device)を導入した新しい取り組みをスタートさせました。ICTを進めるうえで課題とされているモラルや個人情報などについて子どもたちや保護者とどのようなことを学び合っているのでしょうか。横須賀学院小学校の小出啓介校長先生、ICT教育推進部の阿部志乃先生に取り組みの実際についてお話を伺いました。

2021年度より全学年でBYODをスタート

小出校長先生

小学校の授業でiPadを活用するようになったのは、2019年度からです。ちょうどその前の年が中学校でも1人1台タブレットを持つようになった時期で、私はその時、中1の学年主任として導入に携わっていました。その経験を活かす必要を感じ、先生たちと相談し、小学校でもBYODを進めることにしました。

BYODというのはBring Your Own Deviceの略で、各ご家庭で購入していただいたiPadを学校に持って来ていただくようにしました。これまでは学校側で管理する共用のiPadを使っていましたが、ICTを進めるにあたって保護者との連携を図り、各ご家庭でもデバイスを管理してもらうようにしました。

阿部先生

BYODを進めるにあたってICT教育推進部のメンバーでレッスンプランを考えました。メンバーのひとりにアメリカ人のウィルソンという者がいますが、日本における情報モラル教育には「これはいけない」「あれもいけない」「それは危険」といったネガティブな視点が多くある点に疑問を感じていたそうです。

また実際に子どもたちが使っている様子を見ても、どんなにルールや規制を作ったところで子どもたちはそれをかいくぐって使う方法を探し出します。そうすると子どもたちは大人から隠れて使うようになりますし、大人は子どもが何をしているのか分からなくなるといった悪循環に陥ります。そこにICTの根本的な課題があると気がつきました。

そこで本校では保護者と連携して子どもたちがポジティブに何でもオープンにできる関係を作ることにしました。それはつまり「隠しごと」をしないということ。子どもたちが隠さなければならない状況を学校も家庭も作らないということ。まずは大人たちの意識が変わらない限り、いつまで経っても改善が見られないと思い、BYODのレッスンをスタートさせました。

小出校長先生

小出校長先生

阿部先生

阿部先生

海外の知見を生かしてオリジナルのレッスンプランを作成

阿部先生

レッスンプランを作成するにあたってウィルソン先生がアメリカのデジタルシティズンシップ教育に関する資料を手に入れて、概念やレッスンプランについて学びました。また私はイギリスの知人や友人を通じてヨーロッパで行われているデジタルシティズンシップ教育についての情報を集め、そのふたつを掛け合わせてオリジナルのレッスンプランを作りました。

メンバーのひとりに哲学を専攻していた国語科の教員もいるのですが、子どもたちにみずから考えさせるのにはどうすれば良いんだろうといった視点から、学年ごとの発達段階に合わせた問いづくりも工夫しました。

レッスンプランの内容は、タイムマネジメント(時間管理)について考えるところから始まって、機器の正しい取り扱い方や“Boundaries(バウンダリー・境界)”の重要性、個人情報やプライバシー、デジタル・フットプリントについても学びます。「使い方」より「考え方」について学ぶことに重点を置いた内容です。

基本的な流れとしては、まず授業の中でテーマについて担任と子どもたちと一緒に考えて、プリントにまとめたものをお家に持って帰り、次に、その内容をもとにお家の方と話し合い、コメントを書いてもらってそのプリントを学校に持って来ます。それをファイルにまとめるとその子にとってのガイドブックが仕上がるという仕組みです。

例えば、時間に関しては、ご家庭によって考え方がだいぶ異なるため、学校が一律に使用可能な時間を決めていません。ご家庭によっては「なるべく触らせたくない」という考え方もありますし、積極的に使わせたいご家庭もあります。あくまで「子どもと親が話し合って決めたこと」を尊重し、そのルールを学校に教えてもらうようにしています。

世界標準と日本のデジタルに対する認識の違い

阿部先生

海外のデジタルシティズンシップ教育において時間は2種類あると言われています。日本ではデジタルデバイスに対して一律に厳しく時間規制をかけますが、海外では時間の種類によって「規制をかけるもの」と「規制をかけないもの」を明確に分けています。

英語でPassive timeと言いますが、漫然と動画を観るとか誰かが作ったゲームで遊ぶといった受動的な時間はできるだけ制限したほうが良いと考えます。YouTubeなどもできるだけ時間を区切って長時間観るべきではないというのは日本でも共通した考え方ですが、デジタルデバイスを使って何かを作るとか表現する、学習に使うといったクリエイティブな時間(Active time)に対しては、時間は必要なだけ確保してあげようというのが世界標準の考え方なんですね。ただ長時間やると身体が疲れるから休憩はしようねと。

日本ではまだ時間が2種類あるということ自体、そもそも私たち大人が知らないので、教師や保護者もまずはそこから学んでいかなくてはいけません。YouTubeやゲーム、SNSといったものは大人でも熱中してしまうくらい継続するように作られているので、それは強制的にでも大人が介入して止めてあげなくてはいけない。一方、クリエイティブな時間に関しては、本人の満足度に応じて時間が決まってくるので、疲れたとか、完成したからもう大丈夫となったら子どもは自然とやらなくなるんですね。

小出校長先生

私が印象的だったのは、先ほどのネイティブの教員が教えてくれた“Boundaries(バウンダリー・境界)”という概念です。日本語にはぴったり当てはまる言葉が無いのですが、目には見えない境界線のようなものが自分にもあるし、他人にもあるというもの。おたがいのプライバシーをより尊重する英語圏では学校や家庭でもしっかり指導されているようですが、それを知らないとネット社会における個人情報やプライバシーといったものについて教えようとしてもなかなか伝わらない部分があるので、レッスンプランを通じて子どもも親も、そして我々教員も段階的に学んでいきます。

保護者向け講習会や相談窓口を設置して保護者もサポート

小出校長先生

本校では外部の専門家を招いてICTに関する保護者向けの講習会も実施しています。学内に外部の専門的な知見を導入する必要を強く感じたからです。年3回実施する計画で、第1回は心構え、マインドセットについて。自転車を乗りはじめる時に補助輪を使うのと同じようにインターネットの世界も最初はある程度、制限をかけて少しずつ慣れていきながら広い世界に行きましょうと。ただし制限するのが目的ではなくて何のために制限をかけるのかを子どもたちと共有する必要がありますよねといったお話でした。

第2回はもう少し具体的な話で、フィッシングサイトをどうやって見分けますかとか、迷惑メールが来た時にどう対処すれば良いですかといった話をしてもらいました。そして夏休みが過ぎた頃に具体的な悩みごとも出て来る時期かと思うのでもう一回できると良いなと考えています。

講習会は子どもたちの授業がある土曜日にオンラインで実施しましたが、その内容はYouTubeにも期間限定でアップし、当日ご都合が悪かった方でもご覧いただけるようにしました。第1回は全員参加をお願いしたので、かなり多くのご家庭に参加していただきましたし、第2回はつい先日行われたばかりできちんとした数字は出ていませんが、全体の約半数の方にライブで観ていただきました。

感想という意味ではものすごく温度差があって、デジタルデバイスを持たせることは絶対に必要ですという保護者さんもいれば、まだ戸惑われているというご家庭も正直言ってございました。学年が上がれば上がるほど急な変化に戸惑いを感じているようです。あとは学校側が保護者向けにガイダンスをやってくれるのは嬉しいという声も多くいただきました。

いずれにしても学校としては、困っているご家庭があれば一緒に考えて行きますというスタンスでいたいと考えています。昨年の緊急事態宣言に伴う休校要請があった時も、Zoomを使ったホームルームをするために専用の相談窓口やメールアカウントを作ってサポートする体制を整えました。
私たちにとっても初めての経験で分からないことばかりですから、最初の頃はメーカーのコールセンターに問い合わせしていろんなことを吸収しましたし、せざるを得なかった。でもみんなでいろんなことを相談し、失敗を重ねながらもICTを進めてこられたのは面白かったですね。

「僕たちはいま歴史の中にいる」― コロナ禍を振り返って思うこと

小出校長先生

この一年間、コロナ禍を過ごしてきて思うのは、僕たちはいま歴史の中にいるなという感覚です。今まさに解決しなくちゃならない問題が目の前にあって、正解なのか正解じゃないのかわからないまま日々判断を強いられていますよね。

タブレットを持たせるのもBYOD のレッスンプランにしても、今はこれが正解だと思っているけど本当に正解かどうかは明日になればわからないことです。正解を導き出せないからこそすべての答えが問いかけのような状態になってしまっている。この世界線では、正解か不正解かが吟味の主軸ではなくて、まずはその問いが魅力的なものかどうか、我々が行っていることは世界に対しての問いかけであると自覚し、怖めず臆せずその問いかけを繰り返し行っていくべきことなのだと感じています。

子どもたちはこの一年でどんどんタブレットの扱いに慣れています。1年生の子どもでもひとりでiPadを立ち上げてZoomに参加しています。また姉妹校として提携した台湾の子どもたちがホームステイした時に、受け入れたご家庭の保護者から台湾の子どもたちがスマホを使いこなしているのを見て驚いたとおっしゃっていました。今後ICTが進むということは、単に授業のある部分がデジタルに置き換わるということではなく、先生の役割や子どもたちの評価に対する考え方も変わっていくような、「教育」「学び」の再定義こそが迫られていると思います。

余談ですが学校に到着するなりタブレットを取り出して使い始める子がいました。また授業中に先生が話しはじめてもタブレットから手を離さない子がいますという報告もありました。もちろんケースバイケースではあるんですけど、これまで学校に到着すると鞄から教科書を取り出して夢中になって読んでいるので困っていますということが無かったとすれば、タブレットも良い方向にきちんと向かわせられればそのメリットは大きいと感じています

タブレットについて感想を聞かせてください

Q . 好きな教科は?

Tさん:
体育です。

Nくん:
僕も体育と算数が好きです。

Q . iPadを使った授業で楽しいのは?

Tさん:
算数です。数を数えるのが楽しいです。

Nくん:
算数でロイロノートを使っています。あとひよこ暗算というアプリも使っています。

Q . お家でもiPadを使っていますか?

Tさん:
算数の勉強で使っています。

Nくん:
掛け算の勉強をする時に使っています。

Q . 勉強以外でiPadを使うことは?

Nくん:
家でピアノの練習もしているのですが、アプリを使ってピアノの練習をしたことがあります。

Q . 家でiPadを使うときの約束や決まりごとは?

Tさん:
決まりごとはありません。自由に使って良いことになっています。

Q . これからiPadを使ってやってみたいことは?

Nくん:
割り算をやってみたいです。

取材協力

横須賀学院小学校

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